BLOGTIMES
2012/03/11

東日本大震災一周年

  earthquake  congestion 
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震災からちょうど1年が経ちました。

自分のこと

曜日的には金曜日の午後だったので、感覚的には一昨日の方が実感ありましたね。当時はまだ面接の結果が出ていなかったので、自分は4月からどうなっちゃうんだろうと、気持ち的にはちょっと腐っていた時期でもありました。当日は「僕は無事です」というエントリを書いてますが、この日、自分は何をしていたのか忘れないうちに振り返っておきたいと思います。ちょうどこの日は17:00以降に打ち合わせが入っていたので、朝から家で作業をしていました。肝心の揺れた瞬間は、遅いお昼を食べるために焼きうどんを作っている最中でした。気が動転していたので、フライパンをもったっままTwitterにポストしたり、机の下に非難するという体たらく。ただ、外出前だったのが幸いして、帰宅難民にならなかったのは幸いでした。

実家のこと

実家の宮城県はそれ以前にもたびたび強い地震が来る地域だったわけですが、その際には輻輳制御によってしばらく電話がつながらないというのが常でした。そのため、当日のこちらからの電話連絡は断念。とりあえず DoCoMo の災害伝言板に自分の安否を入力してみたところ、 15:28 に仕事先にいた妹から無事と災害掲示板から通知があったので一安心したのを覚えています。

そうこうしている間に NHK のニュースで名取川と津波の様子が流れてきます。自分のよく知っている場所が津波にのみ込まれていく様をリアルタイムに見てしまい、しばらく茫然自失。これまでに味わったことがないような無力感に襲われました。

実家は波が来る場所ではないと頭では分かってはいるものの不安になってきます。その頃には都内もケータイが輻輳制御で使えないような状態になっていましたが、16:25 頃、実家からの電話が奇跡的につながります。両親はもちろんのこと、心配して実家に駆けつけてくれた友人と言葉を交わして少し落ち着くことができました。現地は停電しているということだったので、この電話以降しばらくはケータイ基地局の電源が復旧するまで連絡不能でした。

後日の調査の結果、実家は半壊ということになり、8月に取り壊し、11月に新居完成という流れになりました。家の中に震災を感じさせる物がないので、ひとまず両親が安心して生活できる状態になったかなという感じです。ということで、家族の間では震災の区切りはついたものの、実家から一歩外にでれば、復興はまだまだという感じではあるんですが。

今日はパーソンファインダーおためし出来ます

教訓としては非常時の安否の連絡手段(例えば災害伝言板)の使い方は家族で統一しておかないといけないということでしょうか。
今日はGoogleのパーソンファインダー試験運用版も使えるようになっているので、一度訓練しておいて損はないと思います。


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