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2018/10/08

父が永眠しました

  parkinsonsdisease 
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死亡診断書 - 父が永眠しました

今日の早朝に父が永眠しました。
あまり暗い話題は書きたくないのですが、時が経つと大切な思い出も忘れてしまうので備忘録的に書いて置きます。

有名なアニメの台詞に「親父にもぶたれたことないのに!」というのがありますが、子供に手を挙げることがない親父だったので、この約40年一度も殴られたことはありませんでした

パーキンソン病との戦い

親父は 50 歳過ぎで発病したパーキンソン病と戦い続けていました。パーキンソン病は神経の難病*1で、振戦というふるえや、強剛と呼ばれる筋肉のこわばりが起こり、だんだんと体の自由が奪われていくという病気です。歩き方が独特なため、周りから奇異の目で見られ、そのような偏見にも苦労したようです。そのために会社も早期退職し、大好きだったゴルフ(ほぼシングルプレーヤーの腕前でした)も諦めなければなりませんでした。

ここ数日は薬の効きも弱まり、のどの筋肉の自由が奪われた結果、食べ物を飲み込むことはおろか、話すことにも不自由するようになり、呼吸をする以外はまばたきで YES/NO を伝えるのがやっとという状況でした。

先週の土曜日(9/29)まではかろうじて会話ができたため、しきりに好物のあんパンが食べたいと叔母に頼んでいたようです。ただ、一昨日の午後までははっきりと意識があり、最後の意思表示は「寒いので布団を掛けてほしい」に YES と答えたのと、「テレビのチャンネルを4チャンネルにする」に YES と答えたものでした。認知症を合併する場合もあるようですが、そのような兆候もなく、僕の話を聞きながら刈り込んだ自宅の庭の芝生の写真を見ていました。

どちらにしても今日が今生の別れだった

病状はすでに現代の医療レベルでは治療の手立てもなく、先が長くないことは分かりきっていました。昨日の晩は「明日の面会が今生の別れ。自分は親の死に目には会えないのだ。」という覚悟を決めて眠りにつきました。が、AM 3:20 頃に病状が急変したとの連絡が入り、3:35 に病室に到着したときには、医師から「このままだと間もなく呼吸が止まると思いますので 30 分以内にお亡くなりになります」との病状説明。以前から延命処置はしないという以前からの本人の意思表示があったため、その後、10分足らずで最愛の妻に抱きしめられ、2人の子供に見守られながら、静かに息を引き取り(3:42頃)ました。

パーキンソン病の撲滅を願う

医師から死亡を告げられた瞬間、自分の中では悲しいと同時に、正直少しほっとしました。

親父はもう動きませんが、その静寂はこの約20年親父手に入れられなかったものでした。
今の親父は自分の意に反してからだのあちこちが震えることも、足がすくんで歩けなくなることも、眉間にシワをよせることも、苦しそうに呼吸することも、痛かったリハビリも、もうありません。
親父はこの世の人ではなくなりましたが、同時に親父を苦しめたパーキンソン病患者から開放されたのです。

それほど親父の老後にはほとんど心安まる時はなく、本当に毎日が闘病生活でした。
iPS 細胞や新薬によりこのような病気が撲滅されることを願わずにはいられません。


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