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2015/07/13

任天堂の岩田社長が逝去

  nintendo 
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通称「いわっち」として親しまれた任天堂の岩田社長が亡くなりました。

昨年、胆管ガンのために株主総会を欠席したり、報道で見る姿がだいぶ痩せていたりしたので大丈夫かなと思っていたのですが、本当にぎりぎりまで仕事をしていらっしゃったんですね。任天堂は訃報だけでなく、代取の異動もあるので臨報(臨時報告書)も提出したようです。

02年に社長に就任してから DS や Wii などを送り出したというところがクローズアップされますが、ファミコン世代、そしてソフトウェアエンジニアとしては「ピンボール」や「バルーンファイト」のプログラマなんですよね。

いまあるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。イチからつくり直していいのであれば、半年でやります*1*2 という名言を残して、燃えているマザー2のプロジェクトを立て直した話とか本当に痺れます。

特にココ、「いったん、道具をつくっておいて、「みんなが使える道具をつくりましたから、これで、あなたはここをつくってください」というふうに建て直していったんだ。*3 これってプログラマーとしての思考モデルって言うレベルじゃなくて、ソフトウェア工学そのものじゃないですか。

任天堂の岩田社長が死去 - ITmedia ニュース

1959年12月6日生まれ、北海道出身。東京工業大学卒。HAL研究所社長を経て2000年に任天堂取締役に就任。02年に社長に就任し、「ニンテンドーDS」「ニンテンドー3DS」「Wii」「Wii U」などを世に送り出した。

ほぼ日刊イトイ新聞には特集ページができていました。

岩田さんのゲームがなかったら僕もソフトウェアの仕事につくことはなかったかもしれません。
ご冥福をお祈りいたします。


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