BLOGTIMES
2011/08/28

25年前の思い出を探しにいってきた

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氷川神社 参道 - 25年前の思い出を探しにいってきた氷川神社 楼門 - 25年前の思い出を探しにいってきた
大宮公園ボート池 - 25年前の思い出を探しにいってきた大宮総合車両センター前のD51 187 - 25年前の思い出を探しにいってきた
大宮総合車両センター前のガードレール - 25年前の思い出を探しにいってきた小学校のプール - 25年前の思い出を探しにいってきた

先日、実家で引越のためにアルバムを整理したら25年前の写真が沢山出てきたので、久しぶりに大宮を散策してきました。渡良瀬遊水地に行ったときにも国道17号線から近辺を眺めたりはしていたんですが、今回は徒歩で存分に思い出を探します。

まず、駅の東口を出て大宮公園・氷川神社方面に向かいます。地図がなくても大丈夫な程度に道は覚えているのですが、何分小学生の時の記憶なので、目の前に見える道幅がものすごく狭く感じます。とりあえず参道を抜け、鳥居をくぐり、氷川神社に参拝します。大宮の名前の由来になったとおり、ここはいつでも人が多いですね。そういえば、僕の七五三はここでした。

その後、隣の大宮公園へ。良くボートに乗った記憶があったのでボート沼に向かってみてびっくり。水がないのです。よくわかりませんが、水質改善のための措置のようです。当時から水はきれいでなかったと記憶しています。帰ってきて調べてみると「大宮公園ボート池の「かい掘り」」で42年ぶりに水を入れ替えていたということが分かりました。

大宮総合車両センター方面へ

次に大宮総合車両センター(旧・大宮工場)の方に向かいます。鉄博ができたのでニューシャトルの大成駅は、鉄道博物館(大成)駅に改称され、車体のカラーリングも緑と黄色になっていました。ガードレールが新幹線なのは鉄道の町だからでしょうかね。

鉄博はとりあえず今回は対象外なので、センター前のD51と対面。D51は25年前からここにありますが、この前の風景はだいぶ変わりましたね。今はだだっ広い駐車場になっていますが、在りし日のこの目の前には国鉄の病院と、運動場、体育館、社員向けのぼろいアパートが14棟建っていました。これについては国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省 昭和59年度撮影(CKT-84-2)で当時の様子が確認できます。

現在は当時アパート建っていた土地が半分になり、高層マンションのような社宅が建っているようです。隣の敷地には今でも郵便会社の社宅(ちょっと見てきたけど、多分今は使われないっぽい)があり、これが当時の面影をよく残しています。

その後、当時通っていた小学校に当時の通学路で向かってみます。やっぱり道の細さに驚きます。校門が開いていたのでちょっと中を見てきましたが、小学校はどうやら解体されるようで鉄板で囲われていました。当時の面影を残していたのはプールの脱衣場くらいでしょうか。扉が木戸だった以外は当時のままです。プールが嫌いだったので、この風景は良く覚えています。

そんなこんなで今日は歩数計が約3.3万歩になっていたので、1歩30cmだとしても10Kmは歩いたということになりますね。脚が棒のようです。久々にいい運動になりました。


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